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2009/02/23‘In the old age black was not counted fair, / Or if it were, it bore not beauty’s name;’

RNA Biology誌、投稿者にウィキペディアの項目に研究成果を反映させるやう求める

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訂正がありますので、最後までないし次節もお読みください。

いささか旧聞に属することになりますが、生命科学のRNA Biology誌が、論文投稿者に、ウィキペディア英語版の、研究したRNA構造に関する項目をひとつ以上作成するやう求めるやうになりました*1 *2 *3。しかし、Kstigarbhaさんがそれってある意味、独自の研究じゃないの?晴れ時々維基計画日和と仰り、Times Higher Education紙の読者コメントにNot to mention a very strong "conflict of interest" guideline?Paul Wehageとあるやうに、この方針がウィキペディアとでうまく行くだらうか、といふのは当然の懸念もあります。

なぜ、このやうな執筆方針が打ち立てられたのか。ウィキニュースによると、Sanger Instituteといふ機関の運営する、RNAファミリーについての研究データベース、Rfamのティームが、2007年からRfamの成果をウィキペディアに反映させてゐたといふことに起るやうです。雑誌編輯者は、このモデルを採用することにより、ウィキペディアに書くことが、科学者が論文を出す作業の一環となり、ウィキペディアに投稿しやすくなるとしてゐます。

Kstigarbhaさんのご懸念の、独自研究 (Original Research) ではないかといふご指摘、また、Times Higher Education紙の読者コメントで指摘された、“Conflict of Interest”*4の問題はどうでせうか。執筆要項を読むかぎり、その危険性は避けられてゐるやうに思ひます。ニューズではあまり触れられてゐませんでしたが、執筆にあたっては、ユーザ登録をし、そのサブページに原稿を作成、論文原稿とともに査読を受け、論文とウィキペディアの原稿の査読が通過し、論文が出版されるにおよび、ウィキペディアの項目として反映させることとされてゐます*5。ウィキペディアにおける独自研究といふものは、ある主張が、知識として受け入れられてをらず、たんにその場で書かれたにすぎないといふことも意味します。しかし、論文執筆者のオリジナルな——まだ知として受け入れられてゐない——結論や成果を盛り込んだ項目の草稿も、論文掲載決定を待ってウィキペディアの内容として反映させることにより、受け入れられたといふことを容易に示し得ます。すくなくとも、独自研究が横行する形態をRNA Biology誌は選ばなかったと言へるでせう。

さて、さうはいっても実際はどのやうになってゐるのでせうか。ウィキニュースによると、最初に投稿に至ったのはSmY RNAであるやうです。履歴によると、2008年11月にSeaneddy氏のサブページとして初版が投稿され、12日後にウィキペディアの項目として投稿されました*6RNA Biology誌の論文掲載の順序はわたくしにはわからないのですが、ずいぶんと早く査読を終へてゐるのだなといふ印象をうけます。あるいは、実験的に査読の最終段階で執筆を求められたのでせうか。その内容を見てゆくと、初版が投稿された日におほむね内容は完成し、トークページに寄せられた意見で多少の改訂があって、投稿に至ってゐます。執筆者は、自信の成果について触れず、既存の文献のみで解説してゐましたが、あとで書きくはへられたところによると、Thomas A. Jones, et al. A survey of nematode SmY RNAs. [RNA Biol. 2009 Jan-Mar]がその文献となるやうです*7。Seaneddy氏は、投稿後は編輯に参加せず、現在は、ウィキペディアンの手によって構成がいくぶんか変化してゐます。

RNA Biology誌の今号の目次を見るかぎり、論文はこのJones氏らのもの一報あるのみですので、まだまだ試行ははじまったばかりで、あまり数がないやうです。それでも、現時点で見えてきさうな問題はあるでせうか。独自研究といふ問題こそ、ウィキペディアの一定の項目より低いとはいへ学術界とウィキペディアとは違ふ世界であり、いくつかの問題が考へられます。それには、論文執筆者がウィキペディアと親和的に取り組んでゆけるだらうかといふこと、百科事典項目の査読や執筆の負担、査読過程がどのやうにあるべきか、とのみっつの問題があるやうに思ひます。

論文執筆者は、たいていウィキペディア初心者——newbies——であるわけですが、newbiesとoldiesが対立する、よくある構図が、研究者だからといって起らないわけではありません。Seaneddy氏が投稿したあと、文章じたいに大差はないものの*8、構成などがおほきく変化しました。もちろん、基本的にウィキペディアンはこのやうなnewbiesのかきものをウィキペディア化することにてだれであって、ふつうであれば問題はないのですが、では問題が起こりえないのか。今回、Seaneddy氏はプレヴュー機能をほとんど用ゐなかったやうなのですが、日本語版ウィキペディアでそのやうなことをすれば、すぐ会話ページに注意が来て、悶着にならないとはかぎりません*9。また、Seaneddy氏は画像を投稿してゐましたが、画像のライセンス問題が出てくる虞も十分あります。RNA Biology誌編輯部はこのやうな問題をバックアップできるのでせうか? あるいは、RNA Biology誌が執筆者に全面的に任せるのであれば、なぜウィキペディアへの投稿義務を設けるのでせうか。

査読者や執筆者の負担も、今後問題となってくるかもしれません。Seaneddy氏が、自身の論文に触れなかったやうに、百科事典になにを書くか、といふのはつきせぬ問ひです。触れなければならないこと、といふのがあるていどはあるにせよ、それは研究のつみかさねにおいてあきらかになることでもあり、研究のうへで当然する先行研究レヴューとは性質の違った解説をしなければなりません。執筆者にどこまで書くやう求めるべきなのか。基礎的な項目が欠けてゐれば、そこまで手を出す必要があるのか。ないのであれば、リンクがひとつもない項目となりかねないのをどうすればよいだらうか。また、このやうなレヴューを査読するのは、それなりの知的労働ですし、また、論文査読とは違った評価基準があります。それを、プロの百科事典編輯者ではないRNA Biology誌編輯部と査読者が担ひきれるのか、といふのは重要な問題であるやうに思ひます。

最後は、さほど問題ではないかもしれません。査読が通ったことをどうやってわたしたちは知ることができるのか、といふのがこの問題です。初版から時期をおいておほはばな改訂などがあればそれで信じるべきなのかもしれませんが、わたしたちはそれがジャーナルに要求されて作られたのだといふことを最初は知らなければ、ほんたうに査読を受けたのかもわかりません。RNA Biology誌が査読した、といふことは情報として与へないべきなのか、与へるべきなのか。さうであれば、どのやうにすべきか、といふのは、課題としてよいのではないでせうか。

以上3点を指摘しましたが、しかし、このとりくみがウィキペディアと学術界を積極的に繋ぐものとしておほきな意義を持つのはたしかであるやうに思ひます。続報を期待したいものです。

*1:Butler, Declan. “Publish in Wikipedia or Perish.” Nature News. Dec 16, 2008.

*2:“RNA journal submits articles to Wikipedia.” Wikinews Dec 19, 2008.

*3:Newman, Melanie. “Journal authors must also post to Wikipedia.” Times Higher Education. Jan 12, 2009.

*4:“Conflict of Interest”の問題を端的に云へば、ウィキペディアを自己の主張の場とすべきではないといふことです。

*5Landes Bioscience Journals: RNA Biology: Guideline for Authors

*6Revision history of SmY RNA - Wikipedia, the free encyclopedia

*7:Seaneddy氏は、第4投稿者のSean Eddy氏なのでせう。

*8:Jones氏らの論文を追加されたときに、その成果について1段落書かれはしましたが

*9:研究者が人間的に倫理的とはかぎらないのです!

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