森猫日記

2008-11-09

[]「日本語が亡びるとき」 14:46 「日本語が亡びるとき」 - 森猫日記 を含むブックマーク


日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で


どうなんだろうか。とても刺激的な言葉だけど、日々、ウィキメディア界隈で英語と悪戦苦闘している私には対岸の火事にしか見えない。ことそれほどに、日本人と英語との間には溝がある。

ウィキメディアの基準バベルで言えば私は「en-2」で、平易な英語なら何とか理解できるけど、ちょっと複雑な英語や凝った言い回しだと、読んでも把握できない。ましてや自分の考えを英語で書けと言われたら、泣く。日本語の10分の一、いや、100分の一も書けない。道案内以上の英語をしゃべれと言われたら、逃げる。1000分の一もしゃべれない。

だって、日本語では話し言葉に始まり膨大な読み書きのストックがあるけれど、英語での言語体験と来たらすずめの涙ほどもないのだもの。日本語を亡ぼすためには、日本語以上の英語ストックを一定レベル以上の人がもれなく備える必要があるだろう。

そんな日は、少なくともウィキペディア日本語版を見る限り、この先20年くらいは来ないんじゃないかな。優秀な人はもちろん抜群に優秀だけど、英語でも日本語と同レベルで(つまり身構えることなく)書いたりしゃべったりできるという人は、まだ少数派だと思う。ウィキペディアンの知的レベルが日本全体に比して特に高いかどうかは知らないが。そうして、20年後にまだ英語帝国主義が健在かどうかは神のみぞ知る。

面白いなあ。。。

  • (梅田さん)一言だけいえば、これから私たちは「英語の世紀」を生きる。

「これから」どころではなく、私は「いままさに」「日本語版だけど実は英語メインのサイト」の管理者の一人であるわけで、日々の用は日本語で足りる、というか、日本語でないと足りないのだけど、クリティカルなフェイズでは英語と向き合わざるを得ないのだ。プライバシーポリシーとかライセンス文書とか。


・・・とここまで書いておいて、紀伊国屋に行ってきます。読んだ後で、上の読前感想がどう変わるか、たのしみだ。