Britty aka User:Aphaia の ウィキメディアプロジェクト回遊日誌
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きょうは発表もないし、わりと気が楽。朝ごはんを食べて、最初のセッションは迷うところだが Brianna Laugher の「新規登録ユーザの行動とそれへの対応」についての発表をききにいく。Brianna はコモンズで有名な人だが、プロジェクト間ウェルカムメッセージ比較などもやっていて、そちらでも最近は知られている。enwiki での調査がベースで、統計部分が実におもしろかった。一日に一万アカウントが作られる、というのはものすごいですね。そして実際に編集するのはその1割らしい1%いないらしい。後半はむしろ提言のような感じで、2日目の Andrew Lih の発表とある種似た結論*2。電話の自動応答みたいなメッセージをもらっても嬉しくない。そういうのはやめよう、というお話。jawiki であった、手動でいれているはずのテンプレメッセージにたいして「システムからの自動メッセージだと思っていた。そのほうがずっと抵抗がない」というのを連想する。
そのあと Guillom こと Guillaum Paumier の BoF、プロジェクト間協調の場としてのメタウィキについて、に出かけるつもりでオープンスペースに。その場にいた Drork*3らとなぜか日本語起源論になる。DrorK が言語学専攻だというのは初めて知った。と話が盛りあがったところで、あるはずの BoF がぜんぜんはじまらない。ということに気がついた。なんでー? あとできいたら、Effeietsanders こと Lodewijk のともども人がこなかった(Guillom のほうにはひとりだけは来たらしい)ので中止したとか。がっくり。いくっていっとけばよかったかなあ。まあ十時のお茶をいただきながらなでうことのない話をするというのも悪くないが。
講演要旨は美谷さんのあすなろblog、「Wikimania:ウィキマニア2007最終日。」が詳しい。以下つらつら思ったこと。
Joi こと伊藤穣一さんの講演。市場経済と贈与経済という伝統的経済構造に対して「シェア・エコノミー」(共有経済、とでも訳そうか)としてのフリーカルチャーを提示する、というお話。そしてこの第三の経済構造での交換はしばしばネット上でなされるわけだが、Joi さんは「デジタルコンテンツはコピー可能だ」「むしろデジタルコンテンツの使用ということはコピーによってのみ可能である」ということを指摘する。コピー可能なのではなくて、コピー必然、という指摘はおもしろい。一般に、コピー可能な財にたいしてコピーを禁止することで対応するのは、これは長期的には無理がある*4、そのような財の性質に対して、シェア・エコノミーという構造は適合している、とまで Joi さんがいったかは正直覚えていない。たぶんいってないとおもう*5。ごめん。この時間帯猛烈に眠かったのでごかんべん。この講演は覚えている限りでは極めてコンサイスかつ刺激的だったので、よいコンディションでなかったのは残念です。。で講演前にのんだコーヒーが効いたのかようやく目がさめてきて、発表の最中に laptop をいじっていたら、突如無線 LAN がおなくなり、このあと Wikimania Awards の審査で非常に苦労することになる。
とJoi/伊藤さんの講演、基本的に面白くきいたのだが、ではシェアエコノミーでのインセンティブってなんだろう・シェアの連鎖を安定させるには何が必要なのだろう、ということを考えた。いったいに交換というのは長期的になんらかのかたちで安定した構造を必要とするのだが*6、そのような構造の安定には取引の双方が相応に満足する、ある種の公平感というのが不可欠になるだろうと私は考えている。いつもおごられてばっかり、という関係は、普通は続かないものなのだ。あるとすれば、それは財以外のサービスをなんらか与えている/社会構造のなかでそのような一見バランスのとれない取引なり贈与なりが正当化される仕掛けが必要だ*7。ところでシェアエコノミーというのがフリーカルチャーの経済圏である限りで、それは「プロダクツ・コンテンツ等々の製作者」と「利用者」に二極化されるだろう。極端に言えば、フリーカルチャーの恩沢を受けている人の大多数はフリーライダーだ。そのような系のなかで、「公平な取引の感じ」はどのようにして満たされ、またこの系を持続させる健全な社会構造というのはいかなるものなのだろうか? とりわけウィキペディアという社会においては?うまくまとまらないのだが、そのような疑問をもった。贈与経済の裏には通常、伝統的な社会構造というのがあって、そこでは地位の相違に応じて適切な贈与の大きさというのが決まってくるわけなんだけども。フリーカルチャーの社会は、ヒエラルキーを内部に構築するということに関して、極めてセンシティブであるようにも感じる。といって、利用者と製作者の間に原理的なヒアトゥスがあるのなら、また個々の製作者の製作に質量ともに差があるのなら、ヒエラルキーの構築は避けられないようにも思うのだ。……それとも、われわれがフリーカルチャーの参加者とみなしているのは結局は程度の差はあれ製作者だけなのであって、利用者は巨大な外部経済に留まっているのだろうか? かくいうわたくしめも、ウィキペディアンといえばそれは「ユーザ登録した、なんらかの投稿を行っている人」を意味するのだとほぼ自明なことのように思っていて、その外部にいるはずの膨大な人口について*8は、思いを致すことが少なくまた困難なのであるけれども。だけど寄付者コメントを見ている限りでは、ウィキメディアプロジェクトのインフラを支えている相当数は、そのような「沈黙する外部」なんだよね。プロジェクトの持続可能性を考える上で、また「コミュニティ」の外延を考える上で、ここは勘所なのじゃないかとも感じていて、伊藤さんの講演で感じたこれらの問題はもう少し粘り強く抱えていきたいと思っている。
昼ごはんは兼 jury meeting。ごはん自主入手、と TC からきいていたのだが、部屋へ行くと人数分お弁当がきていた。*9ご飯を食べながら応募作品をみて選考。締め切り二回延長して、宣伝もたっぷりしたおかげか、昨日の3倍くらいに応募作品が増えていた。ちょっとほっとする。昨日の打ち合わせどおり、4部門を選ぶ。部門の別は撤廃したんじゃなかったっけ、と思うが、いっぽうでトロフィーには部門名がいれてあるので、まあ仕方ないか。準備したトロフィー全部使わなかったのはちょともったいなかったです。この辺の調整は来年への課題かな……わたしは構図とせいぜいピントにだけ目がいくのだが、Nic Hill はさすがにプロでライティングの巧拙に非常に敏感でした。というわけで、今回受賞が決まった4作品は、どれも厳選したいい感じのだと思ってます。実際、とてもいい作品が3つあるなかからひとつ選ぶというのは大変だったので、去年のように複数受賞にできると選考はもっと楽だったろうと思う。。なお、自分のラップトップがつかえず、他人の背中で背後霊しながらしゃべるという状況でご飯はあまりはかどらず、もってきたご飯を半分のこしてもったいなかった&ごめんなさい。
午後は Heather Ford さんの iCommons のワークショップに出た。フリーカルチャーの「生態系」を考えるというもので、何がこの生態系を規定する要素なのかを Heather さんの司会でディスカッション。iCommons は来年札幌でイベントパーティをするそうです。フリーコミュニティの生息域を広げるにはパーティがじゅーよーです、みなさんパーティを地元でどんどん開きましょうね、そして友達をどんどん連れてきましょう。というお話*10。というわけで後半の午後は「札幌であいましょう」が一部のひとの挨拶になる。そのあと、理事会パネル、Jimmy さんの挨拶、ウィキマニア・アワード授賞式、フィナーレと続く。フィナーレは Taipei team もそうでないひとも、オーガナイザーがみんなステージ上にあがってウェーブをしました*11。そのあと Jimmy さんの提案で外で集合写真をとるというのでうだうだしていたところ、どうもわたしらは中でうだうだしすぎたらしく、私は集合写真をのがしました。うぇーん。そのあと部屋に戻って速攻で着替えてパーティ、2次会兼でCCパーティに乗り込む気満々でいたところ会場から「ご近所のみなさんから音楽がうるさいと苦情で警察がやってきて禁止命令がでました。だからみんなどんどん帰ってます。音楽はなし、ダンスもなし」との急報。踊る気まんまんだった台湾チームががっくり*12。Frances*13がめちゃ暗くなってるので「踊るの好きなの?」ときくと「踊るのはすきじゃないの。でも人が踊っているのを見るのが好き」。ううむ。ともあれ合流しようぜ、ということで CCパーティをやっていたはずのお店に顔を出すと、もうひとがほとんどいなくて PA がすみにさみしく片付けられていた。フリーペーパーも発行していてここはなんしかカルチャーなバーらしい。お店のサービスなのか*14、ライチビールを一本づつもらう。。台湾も最近地ビールブームがあったのだそうで、これもそのひとつなんですが、なかなかさわやかなお味でよかったです。アルコール度4度ということだけども、ぜんぜんお酒ぽくなかった。そのあともう一件、みんなが流れて行った先なのかな、を店先で冷やかしてから、誠品書店のあるビルのなかのクラブに遊びにいく。いくとスペイン語版勢4人がすでにきていて、我々も含めて総勢で20人ほどか。他のお客さんは5人から10人ほど*15。飲んだり踊ったり踊ったり音楽を聴いたりまた飲んだり踊ったり。ラテンの人は踊るのがうまいなあ。というわけでキューバ系ヒスパニックニューヨー育ちな Sandy もめっちゃダンスはうまかった。わたしは途中でへばって2時で抜けて帰りましたが、次の日 Kat が語っていたことによると「そのあと小龍包を食べて、4時までカラオケバーにいたの!!」(←すごくうれしそう)……いいなあ若いって。というわけで三日間、台北のナイトライフを毎晩違う趣向で満喫しました。みんなありがとう、また遊ぼうね!(違*16
朝・昼 CTOYAC の中華バイキング
夜 貿易センターの洋食。アメリカ料理?*17 創作洋食といったほうがいいのかも。。前菜のフルーツとハムかな、のお皿がさわやかでよい感じでした。そんなに量ないと思ってたけど&いや日本のレストランに比べると1.5倍くらい盛りがいいのかな、肉は敗北しました、1/3 くらい残したような気がする ……
*1:この日記は全文帰国後13日に書いています。「我の」というのは台北のあちこちでみかけた微妙な表記のまね。どうも「的」のかわりに「の」を用いるのがおされらしい。
*2:まあ、みんなだいたい落ち着くところはおなじだよね……。
*3:ウィキメディア・イスラエルの理事。アラビア語も出来るひとなので、アラビア語プロジェクトとの橋渡し役にもなっている。アラビア語プロジェクトのプレゼンス向上にもっとも熱心に取り組んでいる人のひとり。といって押し付けがましいところはなくて、arwiki の人からも「Dror はいい奴だよね」といわれている。
*4:コピー可能というのはある意味フリーライダーを誘発しやすいということでもある。とりわけ、それがなんら劣化を生まないところではそうであろう。ということで、フリーライダーを防ぐことの出来ない財としての公共財は市場経済の外にあって企業部門よりは公的機関によって供給されるのに適しているのだが、そうすると初日の Flo の発表のなかでの「公共財としてのウィキペディア」という話と有機的につながっているなあ。綺麗だ。
*5:が、そのような理解は Lessig の The Code でのアーキテクチャ/思考の論ともパラレルで、Lessig - Joi - Florence という思想圏が描けると綺麗だよね。
*6:もちろんそのなかには「とりあえずむちゃむちゃふっかけてみる」「とりあえずむちゃむちゃ値引きを申し出る」というような取引テクノロジが含まれていてもよい。
*7:親子だとか上司と部下だとか男と女[ここちょと性差別的ですが、実際に存在するので仕方なく含めておく]だとか年上と年下とか、まあいろいろ。
*8:Guillom の引用したある最近の研究では、90% 以上のウィキペディアの利用者は編集したことのない人、らしい。
*9:人数分きていたのだが、私がごはんをもってきたのをみるとTCは「あ、じゃあ足りてるよね」的な事をいって私の割り当て分だったお弁当分をもっていきました。台湾滞在中、台湾人の倹約ぶりにはいろいろ感銘を受けましたが、これもそのひとつ。
*10:オマエヲ同化スル、というわけではないですがコラボレーションというのはある程度群生してないと難しいよね。この辺、Ant のいう「すべての支部の起源はローカルミーティングである」というのとも通じる。
*11:大会のあと北投温泉博物館にいったのですが、そこでもウェーブの写真がありました。なにかの除幕式の写真なんですが、どう見てもいい大人がウェーブをしている。というわけで台湾のひとはウェーブが好きらしいです……
*12:つまりクラブカルチャーとフリーカルチャーはここでは同じ人たちによって担われているらしい。
*13:Huang. 中央研究院情報科学研のとってもキュートなめがねっこ。TC のアシスタントなのだろうか、二人で一緒にいるのをよくみます。こことか。
*14:フリーペーパーに紹介記事があったのでたぶんそう。お店でプッシュしているのでしょうか。
*15:途中出入りあり。
*16:でも Theodoranian が今年中に日本に来るかもっていってます。11月にはドイツ語版WP参加者の第1回ミーティングも企画中です。というわけで、やっぱり、一緒になんかして遊びませう。>皆様
*17:メニューにシーザーサラダがあるのをみて、Delphine はこれは絶対にフランス料理じゃないわといってました。ワインは悪くなかったです。軽めの赤で、私はワインは詳しくないですが、もとワイン貿易会社にいた Delphine がほめてたんだから、ほんとに悪くなかったんだとおもう。でも何がサーブされていたか、見落としました。
gooとかで検索するとウィキが誰でも編集できるということ
自体知らない人も結構いる可能性がありそうですね。