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2018-07-14白馬は昼暑い、夜ちょうどいい

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朝7時25分、長野県立図書館のOzさんが運転でお迎えに来ていただき、白馬村へと立つ。途中水分を購入し、その後立ち寄ったのは白馬村の「サンサンパーク白馬」。なにが始まるのかと思ったら急遽の撮影会が始まり、ハイジのような演技指導。

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さて、8時集合と言われていた会場には8時40分ごろに到着し、会場の設営は完全に終わっておりました。講師陣の打ち合わせはあってなかったような感じですが、それでも乗り切れるのはさすが、もうひとりの講師かんた先生。

開会は予定通り9時15分。北アルプス地域振興局の坂田さんの挨拶から始まり、今回のスケジュールの説明。ガイダンスとして、白馬村役場総務課の渡邉さんから白馬村の状況などについて解説。ご自身は、千葉出身で白馬に来てからは10年だそう。たしかお母様かおばあ様(資料もう一度確認しますが)が白馬出身とのこと。外国人居住者の増加なども増えてきているようで、まだまだにぎやかな街がつづけばいいなと思ったところです。

講演としては私がトップバッターになりました。当初のオーダーは「ウィキペディアに掲載する写真の撮り方、まち歩きに参考となる方法や技術的な部分。記事の執筆・編集の時間の前に基本的なマークアップ方法の説明」というオーダーでしたのが、最終的にはウィキペディアとは何ぞやというところと著作権に絡む部分などのまんべんない説明をしました。

今回のプレゼンテーションで頂いたコメントは、午後のワークショップの時間に回すということもあり「あとでやります」が多かったという点です。たしかに言われてみると、だいぶそのパターンが多かったように思う。まだまだ改善点は出てきそう。そんな若輩者でも快く講師にしてくださった長野の皆さんに感謝してもしきれない。

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講演のバトンはかんたさん、Ozさんへと渡されました。かんたさんは地域資料がどのように生かされるのか、また自身がウィキペディアに魅了された理由などを説明くださり、Ozさんは実際の街歩きのポイントを説明してくださいました。

まち歩きは暑さとの闘い

まち歩きは、白馬村のマイクロバス・ハイエースに分乗して、まずは観音原へと向かいます。現地には環境省が立てた案内図もあり、文献情報と異なるものもありましたが、記事は「観音原石仏群」という名称としました。現地での滞在時間は10分間でしたが、みなさん熱心に石仏に目をやり、刻まれている文字の意味やそもそもここにある意図はなんだろうか。と悩まれておりました。

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次に訪れたのが、白馬村図書館。町役場の駐車場に車を止めて(というより駐車場は共用でした)、図書館を散策、するかと思いましたが、私ともろたさんは道路の突き当りにある「平川神社八幡宮」にダッシュで向かい、広い境内を写真に納めました。本当に広かった。写真は後日コモンズにアップします。

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その後は、役場にバスを置いて、図書館から白馬駅方面をぐるりと散策。すぐそばの交差点が国道148と国道406の交点を発見。まち歩きで歩いているのに写真に収めないわけはない、と思い衝動撮影。また、そのわきには「除雪基地」なるものがあり、そちらは別の方が撮影。その後、国道148号を歩き白馬駅のロータリーに到着すると、観光協会のみなさんが古代米と麦茶のサービス。ちょうど、千葉06:38発のあずさ3号が到着したタイミングだったようで、ジャストタイミング。美味しくいただきました。

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ワークショップは特盛のお弁当から

昼食は特盛のお弁当でございます。昼食中には講師陣とさかたさん、まるやまさん、もろたさん、Ozさんで今後のスケジュールの打ち合わせ。最終的にはOzさんがまちあるきの意図、私が帰還後にマークアップの説明をする(当初依頼通り)ことで内容を確認。千円のお弁当は満腹となり、テーブル全員が執筆中に睡魔に襲われそう。と不安がっていましたが、そんなことはなく、みなさん真剣に文献収集と執筆をして頂きました。

白馬村図書館及び長野県立図書館からは必要な蔵書をご提供いただきました。また、私自身も商用データベースを引っ張り出し、参考になりそうな資料を持ちながら動いていました。実質4テーブルのうち2テーブルをかんたさん、もう2テーブルを私が見てくださいましたが、経験者が各テーブルに1人ずついてくださいましたので心強かったです。その方がいない前提のテーブルワークも考えてみないといけないと思いました。

f:id:Araisyohei:20180714133807j:image:w300,right今回執筆頂いた項目は3件。「観音原石仏群」、「白馬村図書館」、「白馬クロスカントリー競技場」、「白馬村」。白馬村以外の項目は今回新規で執筆されたものです。初参加の方、ウィキペディアの編集も初めて、という方が8割以上という状況下で、私はだいぶ不安でしたが、最終的には多くの文章が作られたと思います。また、「Category:Wikipedia_Town_in_Hakuba_2018 」には講師を含めて多くの画像が集まりました。もっと増えてほしいものですが、とりあえずは成功だった、とも思います。

さて、関連してウィキデータの項目や他項目の画像も事後に掲載しました(されました)。私自身は図書館資料から大糸線の「神城駅」が開業した日の写真を撮影・編集、アップロードしたり、もろたさんにはウィキデータ上でも使えるように会場となったヤフー白馬ベース(昔の名前で「白馬村オリンピック記念館」)の写真を後日アップしてもらう約束をしたわけです。

講師のコメントは厳しいもの?

ウィキペディアタウンの執筆時間はいくら長くしても足りなくなるもの。過去のウィキペディアタウンで運営補助をさせて頂いてきた感覚ではありますが、そう感じていました。会場からは「延長希望!」という声が多数寄せられていましたが、振興局の坂田さんに終了直前にご相談させて頂き、「延長はしない、講評をできるだけ手短に進めた後、もう少しテーブルでレビューできる様に時間を使ってもらう」ということで決めさせていただきました。

今回の講評は、それぞれの記事に対して講師がコメントしていく形式。私はひたすらマークアップや出典の話を繰り返し、かんたさんは自身がまちあるきをされた中で感じられたこと、さらに書けますよね。と会場の執筆意欲をもっと掻き立てられたことに、私は尊敬の念しかありません。

館長のごあいさつ

終了後の懇親会で、ひらが館長は「言い伝えの大切さ、それを残していく必要性が忘れられているのではないか。」と仰せになられました。地震も土砂崩れもなんにせよだれかしらがそこに石碑を立て、もしくは紙に残し、文字を残し、ということが過去の歴史では行われていたのにもかかわらず、それが軽んじられているのではないか。

十夢想屋

食べログ十夢想屋

そこの役割を担うべきポジションに我々は立たされているのだと、そう思い始めた。