Hatena::Groupwikipedia

Araisyohei's Blog! このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-10-12日本でのパブリックドメイン、写真の取り扱いを悩む

[][] コモンズには上げられない写真は日本語版WP コモンズには上げられない写真は日本語版WPへ - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  コモンズには上げられない写真は日本語版WPへ - Araisyohei's Blog!  コモンズには上げられない写真は日本語版WPへ - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

飯田に続いて行われた、神奈川近代文学館でのWikipedia ブンガク。今回テーマとして取り上げたのは「寺山修司」。1983年に亡くなられてから、25年が経過しています。

みなさんご存知の通り、日本におけるパブリックドメインの適用、著作権保護期間の満了は没後50年(細かくは死亡してから50年を経過した年の12月31日まで)となります。つまり、寺山氏ご本人の「作品」は、まだ著作権保護期間中であるということです。

今回、エディッタソンで考えたこと。なんとかして顔が写っている写真を探し出すことでした。しかし、近代文学館のどの展示資料を見ても、50年以上経過している資料が見つからない。著作権が切れていない{{本当は切れていないという言い方はいけないのかもしれませんが}}。

ただ、ほぼ唯一といっていいところに鮮明なご本人の写真がありました。寺山修司 『空には本 寺山修司歌集』 的場書房、1958年6月の口絵に掲載された、ご本人の写真です。この出版物は1958年に出版されていますので、2008年が50年となります。撮影者が不明で50年というものの扱いは、さまざまな考え方があるようです。

“現行の”と書いたのには理由があります。写真の著作権保護期間の歴史をひも解いていくと見えてくるというものです。詳しくは、wikipedia:著作権の保護期間#写真の著作物を読んでいただければと思いますが、1958年に発表された「写真」に該当する著作権保護期間については、いろいろきまりがありました。

wikipedia:ファイル:TerayamaShuji 1958.jpg

といろいろとつらつら記載しておりますが、自分の中で不安になってきたこともあり、一旦削除依頼を提出して、みなさまからのコメントを頂くことにいたしました。

[wikipedia;Wikipedia:削除依頼/ファイル:TerayamaShuji 1958.jpg]

2018-10-08飯田に行ってきた。

[] ソフトクリーム、私が酔った理由は振り子ではない可能性  ソフトクリーム、私が酔った理由は振り子ではない可能性 - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  ソフトクリーム、私が酔った理由は振り子ではない可能性 - Araisyohei's Blog!  ソフトクリーム、私が酔った理由は振り子ではない可能性 - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

10月5日、16時50分。私はJRの切符売り場で乗り換え案内とにらめっこしていた。今回の下車駅は、中央本線岡谷駅。JRは乗れば乗るほど距離単価が下がっていく。それを調べるために切符売り場なのにスマートフォンを片手に見ていた。結果は、こうなった。

  • 豊田~岡谷(東京近郊区間) IC運賃 3,024円(切符 3,020円)。途中下車不可。
  • 豊田~伊那新町(JR東海マタギ) 切符運賃 3,020円。途中下車可能。

ご存知の方は耳にたこができるほど聞いている話かと思うが、岡谷まで購入するのと、もうしはらく先の伊那新町まで購入するのでは、わずかに価格が異なる。

八王子から乗ったあずさは甲斐路を進む。溜まっているタスクを処理する。しかし、なんだか気持ちが悪いような感じがする。たぶん乗り物酔い。

2時間乗りつぶしたあずさを岡谷駅で降り、駅前で諸田さんと合流した私は、諏訪湖周辺をドライブすることになる。うなぎを求めてぐるぐる回るが時間切れで、どこのお店も20時で閉店のよう。

最終的にとんかつを食べることになる。ラストオーダーの時間を過ぎていたようだが、のれんが下げられてなかったのでご飯を頂くことが出来た。


[][] しろたんの作為的メンバー割り振り。  しろたんの作為的メンバー割り振り。 - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  しろたんの作為的メンバー割り振り。 - Araisyohei's Blog!  しろたんの作為的メンバー割り振り。 - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

10月6日、飯田市立中央図書館で開催されたウィキペディアタウン。開催は弐回目とのこと。参加者は、高校生2名、学校司書3名、図書館関係6名、小学校の先生、よく書いているウィキペディアン数名。総勢15名程度とお見受けした。

開会の唇を切ったのは、飯田市立中央図書館の「しろたん(仮名)」。前回の振り返りと今回の実施に当たって説明する。前回は昨年(2017年)7月に開催し、30名以上が参加。今回は、開山1300年を迎える「風越山」にフォーカスを当てて、記事作成をするとのこと。参加者の振り分けといい、スタッフの振り分けといい、作為的なものを感じるとのコメントが客席(とあえていいます)から上がったが、ぜんぶしろたんが仕掛けたそう。

さて、チーム分けを改めてまとめます。4チームとなり、各班にファシリテーターポジションの方(リストの最後の方)が付きました。

  • 風越山:高校3年生2名、福井の方、Ozさん
  • 今宮神社:小学校学校司書さん、小学校の先生、みやざわさん、あらい
  • 美術博物館:一般参加、小学校学校司書さん、諏訪市図書館、かんたさん
  • 白山社:一般参加の方、ひー館長、漱石の猫さん、もろたん
  • 図書館スタッフ:各班に1名ずつ

講師のくさかさんからのコメントは「みんなで集まって作業するということは、あくまで特殊であることを認識してください。また、同時的に編集する場合においては、ウィキペディア的には異様なことなんだということ」。このコメントについてはタウンにしてもエディッタソンの形態を問わない気がする。

しろたんからの突っ込み。画像についても解説を求められる。「ファイルの大きさはまったく気にしなくてよい。顔が入らないほうがよい、肖像権的に。行くところによっては動画のほうがよい場合もあるだろう」。

f:id:Araisyohei:20181006102909j:image:right:w300

全員での見学は、飯田市立美術博物館からスタート。中央図書館から2分くらいの位置にある。美術博物館での撮影はできなかった。カメラマンとしては、ウィキペディアタウンをやるときに特別撮影権利などがほしいところ。せっかくのOPEN GRAMに歩めるはずなのに残念。もしくはデジタルデータでも提供してくれるといいのだが。

美術博物館のつぎは、郊戸八幡宮に移動。マッピングパーティをやったらおもしろそうな建物配置で、大変興味深い。山の上まで鳥居があるそうだが、時間切れであっというまに図書館に連れ戻される。

となりにみやざわさんが座ってくださっていたので、本当に久しぶりに自分の好きな作業が出来ている。写真をチマチマアップロードし、だれも触っていない文献を読み漁る。講師の先生も手が離せなくなると、隣のテーブルに呼び出されたりする。

成果報告は各テーブルについたファシリテーターポジションの方からコメントしていただき、それぞれのテーブルからひとりずつ感想をいただく。

2018-10-03基地、スチームハンマー、カフェ、図書館

[][]Wikipediaツーリズムの試み、のりまきが案内する 横須賀。 Wikipediaツーリズムの試み、のりまきが案内する 横須賀。 - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク - Wikipediaツーリズムの試み、のりまきが案内する 横須賀。 - Araisyohei's Blog! Wikipediaツーリズムの試み、のりまきが案内する 横須賀。 - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

29日は横須賀市内で「Wikipediaツーリズムの試み、のりまきが案内する 横須賀。」に参加させていただきました。

今回参加してくださったのは、ウィキペディア執筆者やら図書館関係の皆様、のりまきさんの古くからの知人、なんだろうさん。合計12名が横須賀の街をぞろぞろと歩きました。

f:id:Araisyohei:20180929090332j:image:left:w200

浦賀駅の改札を抜けると、小雨がぱらつく空模様ではありますが、ハイカー(という言葉はあるのだろうか)の格好をした老若男女が改札前に多量集結しておりました。なかには、マリオとルイージの被り物を被った"おじさま"までいらっしゃり、私は状況が読めとれませんでした。さて、のりまきさんと合流すると名刺交換会が始まりましたが、私はここで袋からおもむろにB4判3つ折りの行程表を配り始める。そこにはパブリックドメインの横須賀写真が表紙にあしらわれたガイドペーパー。文章はのりまき先生の自作で、私が地図合成から図版構成までさせていただいたところです。

f:id:Araisyohei:20180929091626j:image:left:w200

さて、浦賀から9時過ぎの久里浜駅行きのバスに乗り込んだ一行は、一路最初の目的地に向かいます。最寄りのバス停まで駅から10分ほど移動したところで下車。そこから一本道をひたすら進むこと10分くらい。浦賀港の入口に立つ「燈明堂(とうみょうどう)」に到着。浦賀の入り口に立つ建屋は平成元年に復元されたものだそう。

説明が終わると、一行は海の地形を気にする人、岸壁のコンクリートブロックに注目する人、建築の基礎石を気にする人、それぞれがそれぞれの視点であっちこっちを見始めました。のりまきさんはその情景を見て皆さんの方向が全く違うことに関心し、楽しんでいるようにも思えました。

f:id:Araisyohei:20180929093244j:image:left:w200

f:id:Araisyohei:20180929094145j:image:left:w200

30分後、一行は久里浜方面に向けて歩き出しました。途中、海の岩をくりぬいたトンネルを歩いたり、道祖神をのぞいてみたり、みなさんの興味は留まることを知らない。

つまりは予定移動時間にすべてが収まらなくなってきます、ですが私も気にしていませんでしたので、そこは悪しからず。

f:id:Araisyohei:20180929102809j:image:left:w200

徒歩20分、ペリー公園・記念館に到着。のりまきさんからは、ペリー公園に設置された記念碑に使われいてる素材について、ウィキペディアの記事が持っている内容(花崗岩)と現実が違うということを語られる。田子さんと伊深さんは、レファレンスできないのか、という突っ込みを入れるが、一次資料も二次資料にも記載がないことからしょうがなくこのままにしているという。ただ、このままだと情報の鵜呑みが始まる可能性が高いと、お二人は警鐘していた。

f:id:Araisyohei:20180929104125j:image:left:w200

ペリー公園と記念館にいた約1時間、一行は掲出されている史料とのりまきさんの解説を聞きながら時間を過ごします。私一人で記念館を訪れていたら30分もいなかったかもしれないです。逆に言うと、解説は必要。ということでしょう。三浦半島の地形を見ながら、なぜ浦賀ではなく、久里浜で国書を受け取ったのか、訪問団のある一団が羽田まで訪問していたこと、小笠原諸島を訪れ、その内容を詳細に記録していたことなど、展示史料だけでは読み解けないことが多かったのが印象です。

一行は久里浜駅方面に向かいます。昼食は京急久里浜駅近くの第二ひさご寿司。1,080円のランチを一人ずつ注文を決める時間かと思ったところ、のりまき先生がA4用紙2枚をカバンから取り出し「これから自己紹介をします」と言い出したもんだから、対岸に座っていた私は「のりまきさん、自己紹介文、A4 二枚じゃないですよね!?」とすかさず突っ込みを入れてしまう。すると、他己紹介が突如スタート。持っていた膨大な原稿には参加者一人一人の他己紹介が書かれていました。ひとり2分の他己紹介が行われ、というよりSwaneeさんなど執筆者陣は5分くらい他己紹介していたかも、というくらい原稿量がありました...。他己紹介と自己紹介が終わり、それぞれランチメニューが到着。

  • 9名 にぎりランチ(うち二人は数貫多めの大盛)
  • 2人 ちらしずし丼
  • 私 まぐろ丼

私はのりまき先生の対岸、テーブルのいちばん端に司書のお二人や中俣先生と一緒に座っていました。テーブルでの話題は、ウィキペディアタウンが持つ役割、参加のきっかけなど。

昼食を食べた一行は、京急久里浜駅に向かいました...が、のりまき先生は、エキナカ「wing久里浜」に突入。一行は驚きのコメントが隠せません。たどり着いたのは、浦賀に本店を構える精栄軒の店舗。先生は、奥様へのお土産を購入するらしい。それに便乗して私も「おもちどらやき」を6個購入。(どらやきは翌日おいしくいただきました)

JR久里浜駅まで5分ほど移動して、横須賀線に乗車。電車は横須賀線の造血部分4両編成。横須賀線のこの短さは初めての経験で、かなり新鮮でした。

横須賀駅に到着した一行は駅構内を見渡し、鉄骨や駅にあるカレーライスに目が移る。行程では全く見るところがないような鉄道建築もやはり楽しいことを感じていただけているようでした(私自身は鉄分が多いので元から好きだったりもする)。

f:id:Araisyohei:20180929133839j:image:left:w200

駅前にあるヴェルニー公園、記念館。記念館の中に足を踏み入れると、巨大で圧巻される大きさのスチームハンマー。平成の時代まで現役で活躍していたというのだから驚きである。ハンマーの隅々まで見る方、大きな窓から横須賀基地を見られる方など。20分後には全員が開設モニターの前に集合して、「鉄を打つ-その技術と未来」の鑑賞。急にミス横須賀が登場したり、内容が小学校の社会科の授業に変わったりする映像に対して突っ込みと質疑応答をしながら、あっという間にそこでも1時間程度が経過してしまいました。

ヴェルニー公園から、横須賀のドックをのぞいていると、急にドックの壁(表現があっているのがは不明)が動き出しました。ちょうど米軍の船舶メンテナンスが終わったようで、ドックから出場するタイミングでした。ここでもあっという間に30分が経過してしまう。

f:id:Araisyohei:20180929140650j:image:left:w200

一行、海から山側へ一気に移動を開始。立ち食い焼き鳥によりながら、横須賀中央駅を経由し、衣笠方面へあるくあるく。のりまきさんが入ったのはCafe RRROOM。看板猫(のりまきさんは化け猫といった)が椅子に鎮座するお店は、とても丁寧にコーヒーを淹れてくれる。私はキャラメルティをオーダー。みなさん思い思いのドリンクをオーダーする。オーダーから到着までの20分、ウィキペディア談義は続く。私は看板猫と戯れながら、横須賀ガイドブックを読んだりして時間を過ごしました。

f:id:Araisyohei:20180929152738j:image:left:w200

1時間ほど、ねこと戯れた私、いや一行は坂を駆け上り横須賀中央図書館へ。すぐさま全員が郷土資料室へ直行。スチームハンマー、ペリー記念碑、その他思い思いの資料をコピーしたり、読み込んだりされています。私はいつものごとく、写真捜索で昭和初期の写真を探索しますが、時間切れ。あっという間に17時を迎えてしまいました。

f:id:Araisyohei:20180929161949j:image:left:w200

17時30分からの夕食は、汐入で定食屋さん。どこかのテレビ番組、きたなうまいみせ(仮名)企画で出てきそうなお店。お昼に横を通ったところお客さんはいっぱい。何が出てくるのだろうかと思ったところ、破れたメニュー、壊れた扉、畳はゆるゆる。不安要素しかないが、味は格別。

2018-09-21大学図書館での講師は緊張する

Araisyohei20180921

[][] 平成28年竣工、つまり築2年!  平成28年竣工、つまり築2年! - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  平成28年竣工、つまり築2年! - Araisyohei's Blog!  平成28年竣工、つまり築2年! - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

(この節の写真は共立女子大学Stand Up!プロジェクトの提供です)

18日朝10時、私は共立女子大学2号館の総合受付で新築の建物を見とれておりました。今回は「共立女子大学ウィキペディア編集プロジェクト」のみなさんに講習会の講師として呼んでいただいたのですが、大学での実践はいつものタウンの雰囲気と違い緊張するものがあります。

共立女子大学・共立女子短期大学 2号館 完成!

受付の自動ドアを抜けると、そこは吹き抜け階段と2階までの広い空間で、その大きな会談にはテーブルと椅子が配されていました。2階にはラウンジとカフェが設けられ、まだ夏休み期間中の大学には学生が何人か勉強していました。

f:id:Araisyohei:20180918123842j:image:left:w200

さて、今回講習会の会場としてご用意くださったのは、図書館ラーニングコモンズエリアにあるグループ学習室。相性が悪く私のパソコンからプロジェクターが映らないという不具合があったものの、ホワイトボードや図書館で借りてきた本を置くことが出来る棚など使い勝手はうれしいところ。

参加してくださったのは、短大・学部から2名ずつ、学年も違うみなさんと担当する職員さん。その職員さんも図書館に限らず、というのがこのプロジェクトで面白いところ。話をお聞きしていると、全学的に多角的な部署から職員が参画している模様。

コンテンツについては、2日前の反省もあり、スケジュールは前倒しで進めることにしました。

  • 45分 説明(白馬村でのウィキペディアタウンをベースに)
  • 25分 ワーク(文献収集したもののまとめ方)
  • 50分 文献調査と打ち込み(2人ペア)
  • 60分 昼休み
  • 40分 サンドボックスに入力、その後本記事に反映
  • 20分 成果発表

今回は周年史から沿革に記述の追加と出典を追加することを実践していただきました。それでも時間が足りないと感じているみなさん。一人ひとり感想をお聞きしていると、今後にも期待できそう。

[] エディッタソンの資料と図書館見学  エディッタソンの資料と図書館見学 - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  エディッタソンの資料と図書館見学 - Araisyohei's Blog!  エディッタソンの資料と図書館見学 - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

f:id:Araisyohei:20180918124025j:image:right

今回のエディッタソンで使った資料は、図書館からお借りしてきたものです。実際のものとしては、70年史に始まり直近の130年史まで。70年史においては、URAAの著作権回復に該当しない(時がたつ)ことから、{{PD-Japan-oldphoto/ja}}を用いることが出来る資料でした。

編集の時間に少しばかりの余裕が出来たならば、メディアファイルのアップロードについても触れたいと思っていましたが、それは叶わず。資料をスキャン・コピーしていただいたものを別でアップロードしました。竣工当時の航空写真と共立講堂です。

File:Kyoritsu Women’s University from sky.jpg - Wikimedia Commons

File:Kyoritsu Women’s University East side.jpg - Wikimedia Commons

会の終了後には、ラーニングコモンズと図書館を見学させていただきましたが、3フロアで構成されていたことにうらやましさを感じました。

  • 3階:図書課事務室、ゲート。低い書架で構成されており、グループワークも可能な設定。図書資料としては入門書が多め。
  • 4階:レファレンスカウンター、ゲート。高い書架がメイン。静寂空間。専門書を多く配架。
  • 5階:下層2階とは区別。ラーニングコモンズとしてグループワークが可能。モニターありのブースとなしのブースがあり、模造紙なども完備したコーナーも。文房具はきちんと帰ってくるらしい。
  • 5階:グループワークルーム(部屋形式)。ホワイトボードと壁面投影プロジェクターが完備。今回の会場。事前予約制で使用。

以下の写真は5階ラーニングコモンズエリアで私が撮影したものです。図書館のものは学生さんがいらっしゃったことから撮影を控えました。こういう写真も、Wikimedia Commonsにあったほうがいいんだなぁ、と後々に反省。

f:id:Araisyohei:20180918101657j:image:w200

f:id:Araisyohei:20180918101741j:image:w200

f:id:Araisyohei:20180918102058j:image:w200

f:id:Araisyohei:20180918102048j:image:w200

f:id:Araisyohei:20180918101813j:image:w200

そんなわけで、久しぶりにウィキペディアについて連続でワークショップをする週末が終わりました。まだまだ勉強が足りない、と反省しながら次なる催しに向けても頑張ります、はい。

2018-09-17千住を歩く、初めての経験

千住郵便局電話事務所

[][] 現地で見つけたら声を上げる  現地で見つけたら声を上げる - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  現地で見つけたら声を上げる - Araisyohei's Blog!  現地で見つけたら声を上げる - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

9月16日に北千住で開催されたウィキペディアタウンに参加させていただきました。今回12名の参加でしたが、久しぶりにテーブルファシリテーターとなり、頭の中がパンクしていました。

今回我々のテーマとなっているのが「千住郵便局電話事務所」。先日の「美の巨人たち(TX)」でもフォーカスされていましたが、京都タワーを描かれた山田守さんの設計です。海獺先生のレクチャー後に「柳原千草園」「千住郵便局電話事務所」の2チームに分かれて現地調査を実施。

f:id:Araisyohei:20180916104835j:image:right:w200

現地到着後、皆さん熱心に写真を撮影されたり、周りをぐるぐると回り始めました。私はタイルと外壁をひたすら撮影。そこで見つけたのが、「A.P.=Arakawa Peil」のプレート。私が膝をついて正面の位置に埋め込まれていました。写真だと真ん中あたりに青銅色のプレートを見ることが出来るかと思います。

【拡大写真】File:NTT Senju building 20180916(7) sa.jpg - Wikimedia Commons

A.P.とは漢字で書くと「荒川工事基準面」。霊岸島にある、水位観測所の最低水位を定めていました。そもそも霊岸島は、隅田川の西岸にありました。寛永年間に、入間川が荒川への付け替えなどがおこなれ、現在の隅田川が(当時の)荒川の本流となりました。A.P.が設定されたのはそのころ(明治)になります。

こんな街の真ん中になぜA.P.のプレートが埋め込まれたのは、まだわからなかったところですが、このまっすぐな通りがなぜあるのだろうかと考える。道沿いに商店はないので、旧街道ではなだろう。本当は古地図が見たかったところですが、時間の都合でNDLオンラインにつなぐ余裕もなく。

f:id:Araisyohei:20180916104056j:image:w200:left

電話事務所の東側の通りを歩くと、電柱に書かれた通り名称を発見。ここには町名である「中居町」を冠に付けた「中居堀通り」と書かれていました。これで一つの仮説が生まれます。ここはお堀だったのではないかと。

私以外の皆様が周囲巡視を終えられて、電話事務所の正面玄関まで戻ってきたところで、私の巡視結果を報告。報告したところ、そのページ読みたいです、というお話を現場で頂いたので、すかさず国交省のサイトを画面に出して、スクリーンショットを写真で撮られる撮影会が開催。私のスマートフォンが写真に収められていく...

【参考リンク】http://www.ktr.mlit.go.jp/arajo/arajo00184.html - 荒川上流河川事務所

【読みたい人向け】http://www.gsi.go.jp/common/000024724.pdf - 河川・水路・港湾の基準面について/国土地理院時報 2002

ただ、古地図も何もない状況なので調べるすべはなく、この仮説はイベントが終わっても、出典を見つけることはできませんでした。(みなさん探していただきありがとうございました)

[][] ワークショップ、たぶん腕がなまっている  ワークショップ、たぶん腕がなまっている - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  ワークショップ、たぶん腕がなまっている - Araisyohei's Blog!  ワークショップ、たぶん腕がなまっている - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

今回のタウンでは、簡単な趣旨説明のあと、すぐに街歩きという形式にして、ウィキペディアタウンの意義説明は後に回されました。いま、どっちがいいのかを言われると、まだ私には答えは出せていません。ただ、マークアップの説明をあとに回すという意味では、私も賛成ですし白馬でもそのように実践させていただきました。

東京電機大学の図書館で行われた文献検索と収集作業ですが、テーブルワークショップが久しぶりすぎて時間の見当を見誤りました..。そして、海獺先生からの命題である自己紹介やら担当の振り分けなどを忘れて、一人で叫んでました。なお今回割り振った時間はこんなイメージ。

  • 10分:今後のスケジュール説明
  • 50分:文献収集と文字の打ち込み(Sandbox)
  • 15分:記事名と項目決め
  • 40分:打ち込みが出来た人から本記事へ反映

今回の記事は、竣工当時の建屋名と思われる「旧千住郵便局電話事務所」とするのか、現在のビル名である「NTT千住ビル」とするのか。これで時間を費やすことになりました。実際には講師のコメントが挟まり前者に決定。コメントは、時間軸にも中立的な観点が反映されるというもの。うーむ、そこまで頭が回っていない私はまだまだなんだな....。

実を言うとここに時間を費やしすぎて、記事名を決めることに20分以上を費やしてしまいました。これがあだとなり、あとあとの作業はどんどん押せ押せに。講師からはマキマキの指示、とりあえず制限時間が20分延長されて、何とか形になる。

それぞれのタウンで言えることは全体でマイクを持ってウロウロする人がほしかったりはします。テーブルに着くと意外に周りが見えなくなってくるので、全体としてクリアしておきたいポイントを完全に頭から抜けてしまいます(今回の私)。

ただ、どこのタウンにもそういう人がいるわけではないので、また中高生のみ対象のエディッタソンだとそうでない場合もあるので、そういう場合にはやはり各テーブルで班長なりを決めてもらって動かすほうが私は慣れているみたいです。

エディッタソンに限らず、フィールドワークとグループワーク的な考え方ですかね。

私が今回書いたホワイトボードの写真も撮り忘れるくらい、ドタバタしていたことに反省。

もう少し場数を踏まないと感覚は戻りそうにない...のかどうかもわからない。

最終的にはみなさんのアフターケアもあり、どうにか記事の体裁を保っております。

2018-08-22久しぶりにGISからのラスタデータ書き出し作業にトライする

[] ソフトウェア自体に触ることが5年ぶりくらいで忘れている。  ソフトウェア自体に触ることが5年ぶりくらいで忘れている。 - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  ソフトウェア自体に触ることが5年ぶりくらいで忘れている。 - Araisyohei's Blog!  ソフトウェア自体に触ることが5年ぶりくらいで忘れている。 - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

f:id:Araisyohei:20180822074212p:image:w300:right

ウィキペディアの電車路線記事関係を見ていると路線図を見ることがあると思いますが、久しぶりにこれを作ってみようと躍起した私は久しぶりにMANDARAを起動しました。

だいぶご無沙汰のソフトウェア起動であったことから、使い方やデータの作り方すら忘れていました。以前作った江ノ電の路線図データで記憶をたどりながら、湘南モノレールの点在図を作成しました。

メモがてら私の作業の内容を羅列しますが、主に以下の通りです。

  • MANDARAに読み込ませるデータ(路線・駅・市区町村の境界)をエクセルデータ化
  • データを読み込ませ、描画設定を行い、連続読み込みを設定。これを順番にすべてのデータ設定。
  • 読み込み後、一括表示の設定を行い、そこからビットマップラスタデータを書き出す。
  • 書き出したデータをイラストレーターに読み込ませて編集する。

久しぶりすぎて、この作業に一週間を費やしてしまいました。

これで出来たデータが一番上の路線図。本当はcc-0にしたいところですが、cc-byでリリース。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ShonanMonorail_Linemap_en.svg

とりあえず、ひと段落。知識が一つ復活した。

2018-07-22パブリックドメインのものを撮影したときのライセンスタグはもう一つ

[][]古い美術品や平面物などを撮影したもののライセンスタグは違っていたようで。 古い美術品や平面物などを撮影したもののライセンスタグは違っていたようで。 - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク - 古い美術品や平面物などを撮影したもののライセンスタグは違っていたようで。 - Araisyohei's Blog! 古い美術品や平面物などを撮影したもののライセンスタグは違っていたようで。 - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

先日の白馬で行われたWPTにおいては「大糸線延伸開業式典の写真」、大阪市立中央図書館では「キタの大火」に関する影響地域を赤く塗った地図をコモンズにパブリックドメインでアップロードしていたのですが、コモンズにはさらに拡張したライセンスタグがあったようで、自分の知識が追いついていなかったことに反省。


このファイルは、パブリックドメインにある平面的な美術の著作物を写真術によって忠実に複製したものです。このような複製はアメリカ合衆国においてパブリックドメインとなります。他の地域では再利用に制限がかかる場合があります。詳しくはReuse of PD-Art photographsをご覧ください。美術の著作物としての原図は以下の理由によりパブリックドメインに属します。

https://commons.wikimedia.org/wiki/Template:PD-Art

ポイントだけまとめるのであれば、 {{PD-Japan}}の前に{{PD-Art}}が付く。ということです。

そんなわけで、これまで撮影した写真のライセンスタグを一つ追加してみましたので参考にしてください。あくまでこのライセンスタグは「写真限定」ですが、ウィキペディアタウンなどで結構使うのではないかと思ったり。

File:Kamishiro station-1930.10.25.JPG - Wikimedia Commons

File:Osaka Kita Ward big fire map.jpg - Wikimedia Commons

File:Area map of large fire in Kita, Osaka in 1909.jpg - Wikimedia Commons

備忘録と関連する皆様へのシェアの意味を込めて。どうぞ、熱中症には気を付けて。

2018-07-15ウィキデータを編集しながら糸魚川経由で家に帰る

[][] ウィキデータを編集しながら糸魚川経由で家に帰る  ウィキデータを編集しながら糸魚川経由で家に帰る - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  ウィキデータを編集しながら糸魚川経由で家に帰る - Araisyohei's Blog!  ウィキデータを編集しながら糸魚川経由で家に帰る - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

ウィキペディアタウン当日は白馬のペンション村にあるホテルに一泊。いろいろやることはありましたが、温泉に入る前に寝落ちしてしまいました。翌朝起きたのは朝7時。フロントに白馬駅の出発時間を11時と伝えると、駅まで送迎してくれることに。ゆっくり朝食を取り、温泉に浸かり、満足したスローモーニング。たまにはこういう生活もいいものだと思いながら、送迎者の出発時間10時30分まで過ごしました。

支配人は10時30分に車を出してくれ、5分程度で駅には到着。駅までお土産を買い、えきねっとで予約した帰りの新幹線と今日の乗車券を発券。白馬から都区内、糸魚川経由。

列車は定刻で駅に入ってきた。その直前、高校生くらいの娘が駅の会議室で打ち合わせをするらしく、親しみやすそうな駅長さん(たぶん彼女からしたらお父さん世代)が麦茶を持ってあるいていた。糸魚川着定刻、きのう白馬で見ていたあずさ3号の到着を待つ。

f:id:Araisyohei:20180715130207j:image:w300

久しぶりに乗った気動車。糸魚川でのドア扱いかボタン操作ではなく手動での開閉ということに驚きながら、正午定刻で糸魚川行きが発車。パソコンを開き、ウィキデータの項目(白馬村図書館(d: Q55525835)観音原石仏群(d: Q55542046)白馬クロスカントリー競技場(d: Q55542035)白馬村オリンピック記念館(d: Q11580475)ヤフー白馬ベース(d:Q55579380)白馬村オリンピック記念館(d: Q11580475)ウィキペディアタウン in 白馬村(d: Q55579305)など)を編集しながら、1時間の列車旅。座席は満席、立っている方はいらっしゃいませんが、ほとんどが糸魚川までの通し乗車でした。

糸魚川に降りた瞬間、異様な静けさを感じました。降りたらすぐ商店街。しかし、シャッターが閉まっている。その中で一軒、あいている定食屋さんに入る。テーブルは満席で、一番奥の個室にご案内される。私が入ると、そこは絶好のノマドスペースに変貌。地魚定食(千円ちょっと)をオーダーする、店主の気前の良さ、私は好きです。

膳処くろひめ

食べログ膳処くろひめ

f:id:Araisyohei:20180715132334j:image:w300

昼食後、まちあるき(ひとり)。糸魚川は市街地が大火に襲われた。まだまだ復興は道半ばだと、復興センターの方はおっしゃる。地域にある大木はこの時期になっても枝の先が芽吹いていませんでした。中心部には大きな防火水槽を作っているそう。火事にあったエリアで再建できた家や店は私の感覚ではまだ半分程度のように感じた。

f:id:Araisyohei:20180715140007j:image:w300

f:id:Araisyohei:20180715135510j:image:w300

f:id:Araisyohei:20180715144222j:image:w300

小一時間くらい歩きながら、日本海を見ながら時間を過ごすと汗が噴き出るので日陰に戻る。そんな中商店街には、山下達郎のサンデーソングブックが流れている。新幹線の発車時間まで新幹線改札口に設置された風鈴に風情を感じたら、まもなく出発の時間である。

f:id:Araisyohei:20180715144501j:image:w300

糸魚川でウィキペディアタウン、というのも楽しそうだ。

  • 白馬~南小谷
    • 11:08~11:26 5333M 普通 南小谷
  • 南小谷~糸魚川
    • 12:00~12:57 427D 普通 糸魚川
  • 糸魚川~東京
    • 14:46~16:52 566E はくたか566号 東京

2018-07-14白馬は昼暑い、夜ちょうどいい

[][] ウィキペディアタウン in 白馬村  ウィキペディアタウン in 白馬村 - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  ウィキペディアタウン in 白馬村 - Araisyohei's Blog!  ウィキペディアタウン in 白馬村 - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

朝7時25分、長野県立図書館のOzさんが運転でお迎えに来ていただき、白馬村へと立つ。途中水分を購入し、その後立ち寄ったのは白馬村の「サンサンパーク白馬」。なにが始まるのかと思ったら急遽の撮影会が始まり、ハイジのような演技指導。

f:id:Araisyohei:20180714085951j:image:w300,right

さて、8時集合と言われていた会場には8時40分ごろに到着し、会場の設営は完全に終わっておりました。講師陣の打ち合わせはあってなかったような感じですが、それでも乗り切れるのはさすが、もうひとりの講師かんた先生。

開会は予定通り9時15分。北アルプス地域振興局の坂田さんの挨拶から始まり、今回のスケジュールの説明。ガイダンスとして、白馬村役場総務課の渡邉さんから白馬村の状況などについて解説。ご自身は、千葉出身で白馬に来てからは10年だそう。たしかお母様かおばあ様(資料もう一度確認しますが)が白馬出身とのこと。外国人居住者の増加なども増えてきているようで、まだまだにぎやかな街がつづけばいいなと思ったところです。

講演としては私がトップバッターになりました。当初のオーダーは「ウィキペディアに掲載する写真の撮り方、まち歩きに参考となる方法や技術的な部分。記事の執筆・編集の時間の前に基本的なマークアップ方法の説明」というオーダーでしたのが、最終的にはウィキペディアとは何ぞやというところと著作権に絡む部分などのまんべんない説明をしました。

今回のプレゼンテーションで頂いたコメントは、午後のワークショップの時間に回すということもあり「あとでやります」が多かったという点です。たしかに言われてみると、だいぶそのパターンが多かったように思う。まだまだ改善点は出てきそう。そんな若輩者でも快く講師にしてくださった長野の皆さんに感謝してもしきれない。

f:id:Araisyohei:20180714103608j:image:w300

講演のバトンはかんたさん、Ozさんへと渡されました。かんたさんは地域資料がどのように生かされるのか、また自身がウィキペディアに魅了された理由などを説明くださり、Ozさんは実際の街歩きのポイントを説明してくださいました。

まち歩きは暑さとの闘い

まち歩きは、白馬村のマイクロバス・ハイエースに分乗して、まずは観音原へと向かいます。現地には環境省が立てた案内図もあり、文献情報と異なるものもありましたが、記事は「観音原石仏群」という名称としました。現地での滞在時間は10分間でしたが、みなさん熱心に石仏に目をやり、刻まれている文字の意味やそもそもここにある意図はなんだろうか。と悩まれておりました。

f:id:Araisyohei:20180714110706j:image:w300

次に訪れたのが、白馬村図書館。町役場の駐車場に車を止めて(というより駐車場は共用でした)、図書館を散策、するかと思いましたが、私ともろたさんは道路の突き当りにある「平川神社八幡宮」にダッシュで向かい、広い境内を写真に納めました。本当に広かった。写真は後日コモンズにアップします。

f:id:Araisyohei:20180714112946j:image:w300

その後は、役場にバスを置いて、図書館から白馬駅方面をぐるりと散策。すぐそばの交差点が国道148と国道406の交点を発見。まち歩きで歩いているのに写真に収めないわけはない、と思い衝動撮影。また、そのわきには「除雪基地」なるものがあり、そちらは別の方が撮影。その後、国道148号を歩き白馬駅のロータリーに到着すると、観光協会のみなさんが古代米と麦茶のサービス。ちょうど、千葉06:38発のあずさ3号が到着したタイミングだったようで、ジャストタイミング。美味しくいただきました。

f:id:Araisyohei:20180714114054j:image:w300

ワークショップは特盛のお弁当から

昼食は特盛のお弁当でございます。昼食中には講師陣とさかたさん、まるやまさん、もろたさん、Ozさんで今後のスケジュールの打ち合わせ。最終的にはOzさんがまちあるきの意図、私が帰還後にマークアップの説明をする(当初依頼通り)ことで内容を確認。千円のお弁当は満腹となり、テーブル全員が執筆中に睡魔に襲われそう。と不安がっていましたが、そんなことはなく、みなさん真剣に文献収集と執筆をして頂きました。

白馬村図書館及び長野県立図書館からは必要な蔵書をご提供いただきました。また、私自身も商用データベースを引っ張り出し、参考になりそうな資料を持ちながら動いていました。実質4テーブルのうち2テーブルをかんたさん、もう2テーブルを私が見てくださいましたが、経験者が各テーブルに1人ずついてくださいましたので心強かったです。その方がいない前提のテーブルワークも考えてみないといけないと思いました。

f:id:Araisyohei:20180714133807j:image:w300,right今回執筆頂いた項目は3件。「観音原石仏群」、「白馬村図書館」、「白馬クロスカントリー競技場」、「白馬村」。白馬村以外の項目は今回新規で執筆されたものです。初参加の方、ウィキペディアの編集も初めて、という方が8割以上という状況下で、私はだいぶ不安でしたが、最終的には多くの文章が作られたと思います。また、「Category:Wikipedia_Town_in_Hakuba_2018 」には講師を含めて多くの画像が集まりました。もっと増えてほしいものですが、とりあえずは成功だった、とも思います。

さて、関連してウィキデータの項目や他項目の画像も事後に掲載しました(されました)。私自身は図書館資料から大糸線の「神城駅」が開業した日の写真を撮影・編集、アップロードしたり、もろたさんにはウィキデータ上でも使えるように会場となったヤフー白馬ベース(昔の名前で「白馬村オリンピック記念館」)の写真を後日アップしてもらう約束をしたわけです。

講師のコメントは厳しいもの?

ウィキペディアタウンの執筆時間はいくら長くしても足りなくなるもの。過去のウィキペディアタウンで運営補助をさせて頂いてきた感覚ではありますが、そう感じていました。会場からは「延長希望!」という声が多数寄せられていましたが、振興局の坂田さんに終了直前にご相談させて頂き、「延長はしない、講評をできるだけ手短に進めた後、もう少しテーブルでレビューできる様に時間を使ってもらう」ということで決めさせていただきました。

今回の講評は、それぞれの記事に対して講師がコメントしていく形式。私はひたすらマークアップや出典の話を繰り返し、かんたさんは自身がまちあるきをされた中で感じられたこと、さらに書けますよね。と会場の執筆意欲をもっと掻き立てられたことに、私は尊敬の念しかありません。

館長のごあいさつ

終了後の懇親会で、ひらが館長は「言い伝えの大切さ、それを残していく必要性が忘れられているのではないか。」と仰せになられました。地震も土砂崩れもなんにせよだれかしらがそこに石碑を立て、もしくは紙に残し、文字を残し、ということが過去の歴史では行われていたのにもかかわらず、それが軽んじられているのではないか。

十夢想屋

食べログ十夢想屋

そこの役割を担うべきポジションに我々は立たされているのだと、そう思い始めた。

2018-07-13人生二回目の長野泊

[][] ビッグサイトから長野へ  ビッグサイトから長野へ - Araisyohei's Blog! を含むブックマーク はてなブックマーク -  ビッグサイトから長野へ - Araisyohei's Blog!  ビッグサイトから長野へ - Araisyohei's Blog! のブックマークコメント

f:id:Araisyohei:20180713175310j:image:w200:leftその日の朝には、東京ビッグサイトで行われていた展示会に出席していた。そこから、タクシーで東京駅に急行し、18時4分発のはくたか573で長野へ。長野では、ひらが県立図書館長がスタンバイしてくださり、そこから定食屋「川端」へ。館長はかつ丼、私は焼肉定食をオーダー。ここでこれまでの状況やら明日の進め方などの最終的な相談をさせていただいた。悩みながらもだいぶ落ち着く。最終的には1泊目となる館長宅にて、白馬村図書館OPACや、NDLアーカイブなどを片っ端からデータ確認をしながら、プレゼン資料を手直しした。

f:id:Araisyohei:20180713192554j:image:w200:right

写真は、上田を出発した直後に右側(北・東方面)を写した一枚。この日はくもも多くなく、素敵な夕焼けが広がっていた。思わず、iPhoneで動画を取り、一眼で写真を撮ってしまった。

  • 東京ビッグサイト~東京駅八重洲口
    • 17:02~17:25
  • 東京~長野
    • 18:04~19:43 573E はくたか 金沢